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【42】: 父が危篤    ~卵巣がん再発 でも私は生きる~

抗がん剤治療後、家にいると、父が入院している病院から電話がかかって来ました。

父が高熱で危険な状態との事でした。


父は体調が悪く、この年の3月末から入院生活を送っていました。



私は抗がん剤を終えたばかりなので、
免疫が下がっているので、もしもの事を考えマスクをして急いで病院へ向かいました。


病院に着いて父を見ているとこのまま父のそばにいたいと思うのですが
私は治療を終えたばかりなので、そんな気持ちをグッと堪え、
母と義母に任せて私は家に帰る事にしました。




家に帰り、食事の支度が終わった頃、私は急に寒気を感じました。

『もしかして・・・。』私は焦りました。


体温を測ってみるとみると《38度》でした。



父は今大変な状態で母が付き添っています・・・。

私は抗がん剤治療後に熱。。。



重なる時は重なるものです。

父が脳梗塞で倒れ、その後の後遺症で認知症になったのと
私が卵巣がんを発症したのも同じ時期でした。



2010年(平成22年)11月中旬、そんな状態ではありましたが
私はいつも《お父さん頑張って》と心の中で祈っていました。




しばらく経っても私の熱が下がらないので、地元の病院に行って診察を受ける事にしました。

先生に熱がなかなか下がらない旨話すと、先生は血液検査をしてくれました。

その後インフルエンザの検査も。


結果、インフルエンザは陰性、血液検査は炎症反応が《3》位で白血球は《7,000》位でした。



《7,000?》私は不思議に思いました。

普段なら低いはずの白血球が《7,000》と高いのは何故???


先生に伺ってみると先生は『風邪かも知れませんので様子を見ましょう。』との事でその日はそのまま家に帰りました。





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