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末期がん(肝臓がん)闘病記 61

61:妻が病院へ

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



看護士さんが私のところに来て、病棟内の詳しい説明をしている時、
妻が入院に必要な物を持ってきてくれた。

やはり、妻の顔を見るとホッとする。。。


私達は看護士さんの話しを聞いてから後で病棟内を歩いてみる事にした。


看護士さんが帰った後、妻が私の身体を心配して、
「今、身体の具合はどうなの?」と聞いてきた。


私は
「大丈夫。だいぶ良くなって来ているよ。」と話した。


「お父さんは脱水症状になって、ショック死を起こすところだったのよ。
もう少し遅かったらどうなっていた事か・・・。本当に心配したよ。
でも今は元気そうなので安心したよ。。。」


妻はそう言いながら入院に必要なものを整理していた。


妻には本当に大変な思いをさせてしまったと思った。


私達夫婦にとって思いもよらぬ入院になってしまった。



その後私達は病棟内を見て、談話室で話しをした。


どれ位の入院になるか分からないが、
一番困る事は何と言っても健康食品の事だった。


私と妻はとりあえず健康食品をアイスボックスに入れて、ベッドの脇に置き飲む事にした。


私の飲んでいる健康食品は【要冷蔵】のため、入院中は特に気を使った。



妻と話しをしているところへ、主治医の先生が来た。


私は唐突にも
「退院はいつ頃になりますか?」と訊ねてみた。


先生は、
「まずはしばらく様子を見てみましょう。そしてしばらくは食事もガマンして下さい。
と答えた。


主治医の先生が去った後、私は急にお腹がすいてきた。

「食べるな」と言われると逆にどうしても食べたくなってしまうのが人間の常である。


「オレにとって食べられないという事は大変な事だ。その事を理解しているのかな?」

妻に問いかけた。

妻も
「今が一番大事な時だから少し位食べても良さそうなものだけどね。
とにかく健康食品だけは飲むのを忘れないようにしないとね。」と私に念を押すように言った。


そして、妻がそろそろ帰ると言うので
私も1階まで降りてタバコを吸いに行く事にした。









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⇒62:食事の無い生活・・・







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