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末期がん(肝臓がん)闘病記 49
49:造影剤の恐ろしさを実感する
~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~
寒気と震え、そして嘔吐や激しい腹痛の後、気がつくと病室が変わっていた。
この病室は末期がん(肝臓がん)の宣告を受けて
3月3日に初めて入院した病室だった。
知らないうちに4人部屋から個室へと移されていたのだ。
妻がベッドの脇のイスに腰掛けて私を心配していた。。。
ふと気付くと私の異常な体調も落ち着いているようだった。
電気毛布も取ってもらい、普通の毛布だけにしてもらった。
「お父さん、一体何があったの?こんなに急に変わるのはおかしいよ。」
「オレも良く分からない。ただ、造影剤を3回入れて検査しただけ。。。」
「エッ?
造影剤を3回も入れたの?
あの先生は何を考えているの?!
もし、お父さんに何かあったら絶対に訴えてやる。。。」と怒り出した。
私はそのときは造影剤がどんな物なのかも分かっていなかったため
何とも思わなかったが、元看護士の妻からすると、
造影剤を3回も注入すると言う行為の怖さを良く理解していたのだろう。
私は初めて薬の副作用というモノをこの時経験した。
そして初めて薬の怖さを実感した。。。
思えば検査が終わった時、気分転換の意味で喫煙所でタバコを吸おうと思ったが、
妻に止められて本当に良かったと思う。
『あのまま、行っていたらどうなっていた事か。。。』そう考えると胸をなでおろすようだった。。。
検査結果は最悪のものだったが、予定していた病院でやる事はこれで全て終わった。
こう書くとセッカチのようだが、私は1日も早く退院したいと考えていた。
病院にいては健康食品も思うように飲めないからだ。
私は今度主治医が来たら退院の事を聞いてみようと考えていた。
5月の連休も始まっていた。。。
造影剤の副作用を見事食らってしまった身体もだいぶ落ち着いてきた。
私はベッドから降り、点滴台を押して、病室の窓から5月の気候を感じていた。。。
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