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末期がん(肝臓がん)闘病記 46

46:バルーン手術の検査当日

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)5月頃の出来事です。~



肝臓の中央部に出来た、大きな肝臓がんの腫瘍が、胆管を圧迫してしまい、
胆汁の流れを止めてしまっていた。

そのため身体にチューブを入れて胆汁を外に出していた。

それがあったために、ただ単に日常生活を送ることさえあまりにも不自由だったため、
バルーン手術の決断をしたのだった。



そして5月2日、バルーン手術の検査当日


バルーン手術の検査の時間が近づき、妻も病室にやってきた。


しばらくして、看護士さんが私を迎えに来てくれた。

私と妻は看護士さんの後について行った。



1階の部屋に着くとスーツ姿の男性がひとり座っていた。

私は、この方が立ち会うメーカーの方だと思った。

私の担当の主治医が来て、やはり、その方と話しをしていた。


看護士さんの指示で、検査室に向かう私に妻は、
「無事チューブが抜ける事を祈っているからね。」と私を励ましてくれた。


検査室に入ると、レントゲン技師の方の指示通り、診察台に横になった。


この検査室の中には私を含め、5人の人達がいた。




モニター室から先生が出てきて私のところに来た。

「笹野さん、これから造影剤を注入します。」



造影剤が注入され、いよいよ検査が始まった。


私の身体に造影剤が入るとすぐに、全身がカーッと熱くなるのを感じた。


先生は造影剤を入れ終えるとモニター室へ戻って行った。



メーカーの方と先生が、私の胆管が映し出されている画像を見て、何か話し合っていた。


検査結果は数字の1,2,3で教えてくれる事になっている。


  1. 手術が出来ない
  2. 手術が出来る
  3. 胆管が正常に戻っているので手術をしなくてもチューブは外せる

私は心の中で、2か3を期待していた。。。


1だけは絶対に避けたいと言う思いと祈りが私の心の中を駆け巡っていた。


『とにかく2か3でありますように。。。』



私が心の中で祈り続けているところに、先生がメーカーの方との話しを終えて
モニター室から出てきた。。。









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⇒47:バルーン手術の検査当日 2







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