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末期がん(肝臓がん)闘病記 36
36:大学病院の帰り道・・・
~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~
私と妻は、それぞれの考え方の違いはあったと思うが、
とりあえず、正式に肝臓移植を断る事が出来てホッとしていた。
大学病院からの帰り道、車の中で、私と妻は、伊藤さんの話しをしていた。。。
肝臓移植を受けるために当時入院していた病院を退院したその日に、
私は以前から決めていたセリ採りに妻と伊藤さんを誘って3人で出かけた。
伊藤さんは私の変わり果てた姿を見て驚いていた。
当時の私は、体重は健康時から10キロ減り、腰には胆汁の容器をぶら下げ、
顔も目も黄疸により真っ黄色で、両腕は漬物のタクアンのような状態だったのだから無理も無い。
伊藤さんも肝臓がんと言う病状は知ってはいたものの、
まさかそこまで悪い状態だったとは予想外だったに違いない。
私も出来るだけ元気そうに振る舞うようにしていたが、
心の中では、もしかしたらこのセリ採りが、おそらく最後になるのではないかと言う
気持ちを持っていた。。。
そんな中、伊藤さんがセリ採りの途中で用事があるからと先に帰って行ったが、
まさかその【用事】が私のためだったとは思わなかった。。。
「伊藤さんには本当に感謝だよな。。。
まだどうなるか分からないけど、とりあえずこの健康食品で良い効果が出てるもんな。」
「本当だよね。。。
私も伊藤さんには本当に感謝しているのよ。。。」
この時、私は健康食品を飲み始めてから約3週間が経っていた。
人から見ても、自分から見ても、明らかに3週間前の自分とは違っていた。
たったの3週間である。。。
逆に、健康食品を飲み始めるまでの、1ヶ月間で私は急激に体調が悪化し、
体重もたった1ヶ月で10キロも落ちてしまった。。。
たったの1ヶ月である。。。
私はこの2ヶ月で異常なほどのV字ラインを描いていた事になる。
今となっては言える事だが、
もしこの健康食品に出逢うのがあと1ヶ月でも遅かったら、
私は今ここにこうしている事は無かったと思う。。。
それ位、末期がん患者の1ヶ月、いや、1日は大切なのだ!
私も妻も、伊藤さんに感謝しながら、
1日も早く末期がん(肝臓がん)が良くなってくれればと思っていた。。。
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