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末期がん(肝臓がん)闘病記 34
34:肝臓移植を断る 3
~この闘病記の内容は2004年(平成16年)4月頃の出来事です。~
大学病院からの電話で肝臓移植を断ってから1週間、
正式に大学病院へ行って先生と直接話しをするまでの間、
私は1日1日をどう過ごしていたか、全く思い出す事が出来ない。。。
ただひたすら自分自身の直感だけを信じて、妻が作ってくれた
肝臓に良いとされる食べ物と野菜ジュース、
そして2種類の健康食品を必死の思いで、採り続けていたのだと思う。
この時の私の体調は良くも悪くも無かった。
体重は45キロ前後、黄疸の症状や下痢などは治っていたものの、
身体のカユミは続いていた。
ただ、何となくではあったが、大学病院へ正式に肝臓移植を断りに行く日が近づく頃には
私の体調は少しずつ、良い方向に向かっているように感じていた。
そしていよいよ大学病院へ行く日が来た。
その日は体調も安定していた。
この頃、私は心の中で思っていた。。。
『もしかしたら、肝臓がんの進行にブレーキがかかったのかも知れない』と。。。
まだまだ不安はあるものの、自分の【直感】は正しいモノだったと思い始めていた。
妻も私の様子を見ていて、良い方向へ向かっていると感じていたみたいだった。
私の心の中は、肝臓移植を断るのにもう迷いは無かった。
肝臓がんが完治するか否かは別として、その健康食品に全てを賭ける決心がついたのだ。
妻を車に乗せ、私の運転で大学病院へ向かった。
その日も病院の駐車場はやはり混雑していた。
私は以前に来た時と同じ場所に車を停める事にした。
そして、車を降りて受付へと向かった。
途中、妻が私の歩く姿を見て、
「お父さん、この前ここに来たときとはだいぶ違うね。調子が良さそうだよ。」
と言ってくれた。
私自身もそうは思っていたが、それでも私は末期がん(肝臓がん)患者である。
広い駐車場から病院の受付まで歩いていくのは相当しんどい思いをした。
ただ、確実に前回よりは楽に歩く事が出来た。。。
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