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末期がん(肝臓がん)闘病記 225
225:2年ぶりの『仕事』を無事終える
~この闘病記の内容は2006年(平成18年)2月頃の出来事です。~
翌日、約束の時間が過ぎても修理をする車が来なかった。
時間だけが過ぎる中、友人から電話が入った。
「車のオプション部品の取り付けに手間取ってしまった。」と言う事だった。
昼頃になってようやく友人が修理をする車に乗ってやってきた。
私は車を見てビックリしてしまった。
2年間と言うブランクの不安と
高級車と言うプレッシャーが重くのしかかって来た。
しかも翌日の午後3時半ごろまでに仕上げなくてはならないため
急いで修理をする事になった。
闘病後初めての『仕事』・・・、
この日が来る事をひたすら信じてがんと闘ってきた。
私も家族も様々な事があったが
家族で力を合わせて何とか乗り越えてくる事が出来た。
久しぶりに手にする道具、懐かしさと不安の中、作業を始めた。
静かだった工場に修理の音が響いた。
その日の夕方、妻が心配して私の様子と修理の進み具合を見に来た。
妻は
「何か手伝える事は無い?」と聞いてきた。
私は
「大丈夫だよ。この作業が終われば今日は終わりにして家に帰るから。」と答えた。
結局この日は夜の8時半までかかってしまった。
家に帰ってから妻に
「明日は予定通り車を納められるよ。」と話しをすると
「友人の方もきっと喜ぶね。」と妻も安心していたようだった。
翌朝、塗装の準備をした。
これが最後の仕上げの作業となるため失敗は出来ない・・・。
いつもながらこの作業で良いか悪いかが
ほとんど決まってしまうと言っても過言ではない程重要な作業だ。
スプレーガンを持ち、塗料を入れて吹き付ける。
2年ぶりの作業だったが自然に身体が反応してくれた。
これも長年の慣れなのだろうか。
塗装の吹き付け作業も無事終わった。
私はコーヒーを飲みながら
修理を終えた車を見て胸をなでおろしていた。
約束の時間に友人が車を引き取りに来た。
仕上がった車を見て嬉しそうに笑っていた。
私と友人はコーヒーを飲みながら久々にゆっくりと会話を楽しんだ。
私の心の中は友人に頼まれた修理の車を無事に引き渡す事が出来、満足していた。
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