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末期がん(肝臓がん)闘病記 216
216:【闘病生活】が本当に終わった・・・
~この闘病記の内容は2005年(平成17年)11月頃の出来事です。~
妻も私が帰って来たことに気付き、家から外に出てきた。
私の身軽になった姿を見ておふくろも妻も笑顔で迎えてくれた。
愛犬のハナ子でさえ、笑っているように見えた。
妻もおふくろも安心したのか、
家にも入らず玄関先でいろいろな話しをした。
中でも「本当に良かったね。」と繰り返し言っていた妻は
「末期がん で余命宣告を受けた時はこれからどうなってしまうのかと思って
心配で夜も眠れなかったよ。
今こうして元気になったお父さんを見ていると夢のようね。」としみじみ話した。
するとおふくろも
「そうだよ。私もお前が 末期がん だと知った時、
お父さんやお前の兄さんの事を思い出したよ。
もしもの時の覚悟は心の中で決めていたんだよ。
でも助かってくれて本当に良かった、良かったよ。。。」
と言いながらひとり家の中へ入っていった。
その時、私も妻も
おふくろが初めて明かした胸の内を聞いて複雑な思いがした。
私は妻に「とにかく良かった。家に入ろう。」と言うと
妻は「今日はお赤飯を炊くね。」と祝ってくれた。
2005年(平成17年)11月15日退院の日の夕方、
妻がお祝いにと所狭しと赤飯とご馳走が並べてあった。
おまけに缶ビールが2本、置いてあった。
ビールはこの年の夏頃から一口二口と少しずつだが飲める様になっていた。
肝臓が再生したのだろうか。
私と妻はいつしかこの日が来る事をひたすら信じ続けていた。
そして念願の胆汁のチューブが取れた事を祝い、ビールで乾杯した。
心の底から喜べる楽しい食卓だった。
途中、トイレに行こうと立ち上がると同時に
私は無意識に胆汁のヒモを探していた。
それを見ていた妻は
「お父さん、もう胆汁の容器は無いでしょう・・・。」と言った。
私は「そうだな。」と笑った。
私や妻、そしておふくろの笑い声が家中に響いていた。
『本当に長い闘病生活が終わったんだ。。。』
嬉しさをかみ締めながら飲んだこの日のビールは本当に美味かった。
今では病気になる前の様に毎日、晩酌を楽しんでいる。
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