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末期がん(肝臓がん)闘病記 20
20:肝臓移植の費用と保険の可否 2
~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~
肝臓移植についていろいろな説明を受けながらも、費用も予想外のケタ外れの
金額だったので私達はうやむやな返事をする事しか出来なかった。
すると突然、妻が先生に言った。
「肝臓移植の費用は何とかします。
私が肝臓の提供者になりますから肝臓移植をお願いします。」と。。。
「・・・。」
私はもう、何もいう事は出来なかった。。。
先生から今後の肝臓移植に向けての話しを聞き、妻は手続きをした。
大学病院へ肝臓移植のための入院日は4月9日の予定と決まった。
今後の予定は大学病院からの電話を待つという事で、この日の診察は終わった。
診察を終え、大学病院から当時入院していた病院へ戻る事にした。
大学病院からの帰り道、今度は妻がひとりで来られるようにと
車の中ではその道順を教えるだけの会話になっていた。
大学病院での診察の事や、肝臓移植の話などは、
私も妻も一言も口には出さなかった。。。
しかし、お互いの頭の中には肝臓移植の費用の事や
抗がん剤の治療により、果たして私が肝臓移植までたどり着けるのか・・・、
それ以前に死んでしまうのではないだろうか?
など、いろいろな事が駆け巡っていたのだと思う。
当時入院していた病院へ戻り、
私は病室で私なりにまたいろいろと考えていた。。。
大学病院へ入院する4月9日までの約2週間と言う短い時間で
私は果たして何が出来るのだろうか。。。
私はこのまま時間が過ぎるのを待ては良いのだろうか。。。
頭の中は混乱していた。
そんな中、私は病室から出て、友人や知人数名に電話をかけた。
時間が無くて焦っていたのかも知れない。。。
ただ何かをしなくてはいられなかったように思う。
「今飲んでいる健康食品はオレの肝臓がんには
ほとんど効かないみたいだよ。。。
何か他に良い物があるか探してみてくれないか?」
ワラにもすがるとはこの事だ。
友人や知人にそんな頼み事をしてはみたものの、そう簡単には
見つかるものでは無い事ぐらい自分が一番良く分かっていた。
しかし、私は本当に何かをしていなくてはいられなかったのだ。
・・・、この【行為】が後に私の人生を大きく変えてくれるなどとは
この時は微塵も感じてはいなかった。。。
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