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末期がん(肝臓がん)闘病記 19

19:肝臓移植の費用と保険の可否

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



「肝臓がんの腫瘍が5cm以上の場合と、がんの腫瘍が4つ以上の場合は、
健康保険が適用されません。」

私と妻は先生の言葉にただただビックリしてぼう然としていた。。。

先生は話しを続けた。


「がんの腫瘍が5cm以下の場合は健康保険が適用されて、
肝臓移植の費用が約300万円と肝臓提供者の費用も
提供される側の負担となります。 その他、費用がかかります。」

「また、がんの腫瘍が5cm以上の場合は、抗がん剤治療をして、
出来るだけ小さくしたいと思います。
それでもがんの腫瘍が5cm以下にならない場合は、
もっと強い抗がん剤を使用して出来る限り5cmくらいにしようと思います。」

「それでも仮に肝臓移植を行ったとして、その地点でがんの腫瘍が5cm以下でない場合は
保険適用外となってしまい、1,500万円~2,500万円位かかります。」

「費用の方は大丈夫でしょうか。」


私と妻は思わず絶句してしまった。。。


私は末期がん(肝臓がん)の治療中で、身体はもちろんの事、
病人特有の症状である【思考力低下】にも陥っていた。

病気のせいかもしれないが、自分自身の事で精一杯だった。

おそらく現在、病気などで私と同じような方は、何をするにしても
思考力はかなり低下していると思う。


そんな中、私は混乱する頭の中で、先生の抗がん剤による治療の話しを聞いた時、
おそらく私の方が、抗がん剤の副作用等で、きっともたないと思ったし、
その前に死んでしまうのではないか
と感じた。



仮に肝臓移植の手術を受けたとしても、
私が手術室に入るのと同時に、別の手術室へ妻が入る。。。


そして、肝臓の移植が成功した後は、
私は数ヶ月間の間は無菌室で過ごす事になるらしい。。。


また、肝臓提供者となる妻も約1ヶ月間の入院を強いられる事になる。。。


私が無菌室から出られたとしても、10数種類の薬を一生涯、
いや、死ぬまで飲み続けなければ生きていく事は出来ない。。。


そこまでのリスクを犯して肝臓移植に挑んだとしても、当時の私の肝臓がんの症状では
成功の確率は40%と、かなり低かった。。。









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⇒20:肝臓移植の費用と保険の可否 2







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