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末期がん(肝臓がん)闘病記 10

10:強い意志と病状悪化

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)3月頃の出来事です。~



私の病室の窓から雄大な浅間山が見えていた。

浅間山を見ていると胃がんの末期で亡くなった兄の事や
私の家族と一緒にキノコ採りに行ったことを思い出す。

浅間山

いつも言っていた場所なので見慣れた景色だった。
視線をそらすと高速度道路が見えて、 いろいろな車が行きかっていた。
不自由な自分の事を思いながら、
高速道路を走ってあの軽井沢へ行きたい。。。



でも行く事が出来るのだろうか。。。
と1日に何度ため息をついた事だろうか。


また、その向こう側にはみかぼ山などの山並みが見えていた。

あの山も私の趣味である山菜採りで良く出かけたものだ。

3月も半ばを過ぎ、山菜採りを楽しむ人でにぎわっている事だろう。。。


早く肝臓がんを治し、1日でも早く退院してあの山へもう1度行きたい。

病室の窓から山を見るたびに、病気に負けない強い意志を
持ち続けるよう、自分自身を勇気付けた。





肝臓がんによる体調悪化

手術から10日程過ぎた。

肝臓がんになんか負けないぞと言う強い意志とは裏腹に
1日1日、私の肝臓がんによる症状は悪くなる一方だった。


体重もみるみるうちに減り始め、
元気だった頃の面影は全く無くなっていった。。。


ちょうどその頃、妻や私の子供達も当時私が飲んでいた健康食品が
あまり効果が出ていないのではないかと心配していたようだった。

他に何かがんに良いものを探してくれていた。


当時、私は家族がそういう物を探してくれている事は全く知らなかった。


私ががんを克服した後に分かった事だが、
自宅に大手メーカーのアガリクスの注文書のFAX用紙を見つけた。

その事を妻に聞いてみると、
私が肝臓がんで苦しんでいる頃、妻と子供達は何かがんに効く良い物はないかと
インターネットなどで必死に探してくれていたとの事だった。。。


あまりにも変わっていく私の姿に、妻や子供達は心配になり、
探してくれていたのだろうと思う。

今ながらに妻と子供達に改めて感謝を伝えたい出来事だった。









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⇒11:カテーテル手術を受ける



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