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末期がん(肝臓がん)闘病記 89

89:体調は安定するが不安は増える

~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~



娘の車の修理を終え、病院に戻る車の中で私は思っていた。


外出するたびに病院から家までの送り迎えをする妻は
本当に大変だっただろう。。。

私は言葉に出さないまでも、妻には本当に感謝をしていた。



でもそれも今日でとりあえず一段落つく事が出来る。。。



私は車を運転する妻に
「今の状態がこのまま続いてくれて退院をする事が出来たら
車の仕事が再開できるかも知れないな。」と話した。


妻も
「そうなると良いね。
でもこれからが大事な時だから無理をしないでね。」と言った。



ただ私の中では大きな不安があった。


仮に車の仕事を再開出来るとしても、一番の障害である、
この胆汁のチューブはこれから先、一生抜ける事は無いのだろうか・・・?
私自身が死ぬまで。。。


ただ、それでも生きている事が出来るのなら
それだけでも良いではないかと自分に言い聞かせていた。




そう思っているうちに病院に着いた。

喫煙所を見るといつもの患者さん達の顔があった。


私は妻に「タバコを吸ってから病院に戻るよ。」と言って別れた。

妻の車を見送った後、喫煙所へ行きいつもの場所に腰をかけた。


患者さんのひとりが、
「最近昼間はほとんど見かけなかったけど何かあったのですか?」と聞いてきた。


私は「ちょっと用があってここ最近ほとんど毎日外出してたんです。」と話した。


入院をしていると自分が動いている時間が極端に少なくなるため、
他人の事やまわりの事がとても気になるものだ。。。



私はその後は外出する事も無く、脱水症状のための点滴を毎日続けていた。

体調もだんだんと安定して行き、
1日の点滴の本数も4本から3本に減っていた。


こうなると私の退院も間近となる。。。

やはりその数日後、主治医から退院の許可が出た。



退院の当日、私は心に大きな不安を抱えながら退院した。

『またスグに脱水症状になって病院に戻ってきてしまうのではないか。。。』

『何はともあれもう、あの辛い脱水症状にはなりたくない。。。』



ただひたすら胆汁の出る量が安定する事を祈るしかなかった。









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