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末期がん(肝臓がん)闘病記 88
88:1つの大きな達成感を得る
~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~
娘の車の修理を終えた私は、妻から胆汁の容器を受け取り、
ショルダーバックに入れ肩にかけた。
そして私は修理が終わったばかりの車を洗った。
私は車を洗いながらいろいろな事を考えていた。。。
娘夫婦のこの車は私の手で修理する事は無理かも知れないと思い諦める事があった。
この車の修理を始めた頃、私自身の身体が、
末期がん(肝臓がん)に犯されていたとは私を含め、家族の誰もが
想像していなかったに違いない。。。
病気になってからは最後まで修理途中だったこの車だけが
心の片隅にいつもあった。
どうしても自分自身の手で修理をしてあげたい気持ちを持ち続けていた。
そして今、こうして何とか末期がん(肝臓がん)と闘いながらも
一区切りをつける事が出来たのは友人の伊藤さんが
2種類の健康食品と出会うキッカケを作ってくれたおかげだと思った。
↑この方が私の命の恩人であり、友人の伊藤さんです。
だからこうして今も生き続けていられるのだ。。。
また私は、バルーン手術の時、造影剤の入れ過ぎにより、腎不全になってしまった。
私の身体から出る胆汁の量はそれまでは安定していたが
その手術を境に急に不安定になってしまった。
そのため何度か脱水症状を起こし、命を落としそうになる事もあった。
でもその都度私自身、良くここまで乗り越えて来たものだと車を洗いながら考えていた。
車を洗い終え、「これでいつ車を取りに来ても大丈夫だよ。」と妻に話した。
妻とふたりで工場のシャッターを降ろした。
私は妻に
「退院が出来て、胆汁が安定して出るようになれば仕事復帰も出来るかも知れないな。」
と話した。
そして家で少し休んでから病院へ戻った。
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