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末期がん(肝臓がん)闘病記 87
87:そして修理完了
~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~
工場での修理を終えて病院へ戻ると、病棟のナースセンターに外出届を渡す。
その度に看護士さんが「お帰りなさい。」と言ってくれた。
まるで病院が【我が家】のような状態に少々複雑な気持ちがあった。。。
病院に戻り、パジャマに着替えるとスグに看護士さんが来て点滴が始まった。
私の両腕は点滴針を通す事でアザだらけになり
血管も細くなってしまっていた。
看護士さんも年齢には関係なく、注射の上手い人と下手な人がいる。
私も治療のためとは言え、何度も失敗されてしまうと頭にきてしまう時もあった。
こんな日々を繰り返しながら修理をしていた娘の車も
やっとの事であと少しで修理完了と言うところまで来ていた。
肝臓がんそして肝硬変の病気のせいか、修理をする事は
大変だったが、
もう少しで終わると思うと点滴を受けながらも
私自身、
ずっと気になっていた事から解放され、少し肩の荷がおりたような気がしていた。
そして修理の最終日・・・、
いつもの通り妻の車に乗せてもらい工場に向かった。
工場のシャッターを開けると完成間近の娘の車があった。
自分でも良くここまで仕上げられたものだと我ながらに感心していた。
妻にも手伝ってもらったおかげで、後は最後の部品を取り付ければ終了だ。
最後の部品は車の低い位置に取り付けなければならない。
私は身体を横にしなければならなければならないため、
妻に胆汁の容器を持ってもらい、
また、胆汁が逆流しないように横になってはすぐ起き、横になってはまたすぐ起きると
最後の部品の取り付け作業はかなり時間をかけて行った。
そしてやっとの事で修理が完了した。
修理の途中で胆汁の容器が本当に邪魔になり時にはイライラする事もあったが、
妻にも手伝ってもらう事で何とか修理を終わらせる事が出来た。
私は妻に
「これで修理が終わったよ。」と話すと妻も喜んでくれた。
そして妻は
「これで娘もきっと喜んでくれるね。」と言って嬉しそうだった。
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