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末期がん(肝臓がん)闘病記 82
82:食事が出来ない焦り
~この闘病記の内容は2004年(平成16年)6月頃の出来事です。~
氷を持ってきてくれた妻に体重の話しをした。
「エッ?38キロしかないの???」
そして、「やっぱり何か食べないと。。。」としきりに私の身体を気遣っていた。
私は、
「おかゆの許可が出たら何か作ってもらって隠れてでも良いから食べよう。」
と妻に話し病室に戻った。
早速氷を口に含む。
この氷はコンビニなどで細かく砕かれて販売されているものだ。
私にとって【命の氷】だった。
次の日、主治医から水分を採っても良いと許可が出た。
私は何よりも先に妻に連絡を取り、2種類の健康食品を飲もうと
アイスボックスに入れて持ってきてもらうようお願いをした。
一刻も早く飲み始めなければと言う焦りもあった。
この頃、私の手のひらには白い粉のようなものがいつもついていて
何度手を洗ってみても、乾くとまた出てきていた。
妻が健康食品を持ってきてくれた時、
元看護士と言う事もあって手のひらの白い粉のようなものの事を聞いてみた。
「病院の水道水は塩素が多いのかなぁ?
何度手を洗ってもこの粉のようなものが出てくるんだ。」と妻に手のひらを見せた。
「塩素って事は無いと思うよ。
病院の水道水だけ塩素が多いなんていう事は私は聞いた事が無いよ。」
この時は結局分からず仕舞いだった。。。
入院をして1週間が過ぎても主治医からの食事の許可は無かった。
やはり食べなければ体力は付かない。
妻に持ってきてもらった健康食品を飲んではいたが
私の体重は38キロと変わらなかった。
『早く食べなければ・・・』と焦りと不安が入り混じる中、
同室の患者さんが食事をしている時は1階の喫煙所へ行き、
食事の時間が終わるまでタバコを吸いながら朝・昼・晩と時間を過ごしていた。
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