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『大腸がん末期(4期)家族の葛藤』

はじめまして。小林と言います。
私は2008年(平成20年)9月9日、
夜中に腹痛が激痛と変わり、救急病院へ行って検査を受けました。
検査の結果、激痛の原因は『腸閉塞の所見あり』と言う先生の診断でした。
そして更に《回盲部に腫瘍》が認められると言う、
私にとって最悪の検査結果でした。
緊急入院から2日後、大腸がん(腫瘍)切除と腸閉塞の手術を受けました。
手術後の結果は、
『大腸がん(腫瘍)切除は不可、
激痛の原因の腸閉塞の手術はバイパス手術を実施した』
と言う内容でした。
手術から数日後、主治医から病状について説明がありました。
私の病状は、大腸がん(上行結腸がん)と言う事でした。
しかも腹膜播種の進行があり、『ステージⅣ』と言う病状から、 末期がんの告知でした。
私にとって、初めての入院が
《まさか》の末期がん(大腸がん)となってしまいました。
その後主治医から家族に、私の余命宣告が告げられました。
(私には、余命宣告の告知はありませんでした。)
病状から早ければ余命1ヶ月、長くて6ヶ月と言う余命宣告でした。
9月9日の緊急入院、
そして今後治療を行う前 9月27日一時退院となりました。
我が家へ戻ると、家族達が私の末期がん(大腸がん)を治そうと
いろいろな情報を集め、検討してくれていました。
私は『家族の支え』の中、まず先に代替療法を用いて
末期がん(大腸がん)と闘いを始める事になりました。
代替療法を始めて数日が過ぎた頃、
私の病を心配して知人がお見舞いに来てくれました。
私はその知人の紹介で病院を替える事にしました。
新しい病院で、CT検査やレントゲン、採血などの検査を受ける事で
私の末期がんの治療方法が決まりました。
治療方法は薬剤(抗がん剤)治療でした。
新しい病院で検査を受け、3日目から治療が始まりました。
薬剤(抗がん剤)治療は、私の体調において、
様々な副作用が起きたり、改善したりと言う、一進一退の闘病生活でした。
そして闘病生活から7ヶ月経った2009年(平成21年)5月、
CT検査の結果、私の大腸がんの腫瘍が縮小したと言う検査結果が出ました。
私にとって家族の支えの元、
末期がん(大腸がん)との闘いにおいて、光明が見えたように思います。
私の大腸がんの腫瘍縮小には、
ある人との出会いが始まりのような気がします。
《ある人》とは、実際に余命3ヶ月の末期がんを克服された笹野さんです。
私の中で笹野さんとの出会いは、
《治るかな?》から《治せる》と言う、意識的にも大きな分岐点となりました。
そしてこの8月、再度CT検査を受けました。
検査結果は、今尚、私の腫瘍は縮小を続けているとの事でした。
このまま大腸がんの消滅を願い、
《克服》と言う大きな目標を達成したいと思っています。
そして今回、笹野さんの末期がん(肝臓がん)闘病記に、
私の『大腸がん末期(4期)家族の葛藤』で、参加する事を決めました。
腫瘍が縮小を続けているとはいえ、
今現在『闘病中』という事には変わりは無いのですが、
私は近い将来、
『克服』と言う奇跡を、この闘病記にお伝え出来ると思っています。
人との出会いは本当に不思議に思います。
『縁』を通じて私も同じ病で闘っている方々のために
少しでも生きる勇気や希望に繋げられればと思います。

【大腸がん末期(4期)家族の葛藤】
■大腸がん末期闘病記 6 : 余命宣告を受けた家族は… その1
■大腸がん末期闘病記 7 : 余命宣告を受けた家族は… その2
■大腸がん末期闘病記 11 : 治るものなら何でもやってみる
■大腸がん末期闘病記 15 : 改めて大腸がんの進行を《末期》と感じる
■大腸がん末期闘病記 16 : 《1回目の抗がん剤治療》 その1
■大腸がん末期闘病記 17 : 《1回目の抗がん剤治療》 その2-1
■大腸がん末期闘病記 18 : 《1回目の抗がん剤治療》その2-2
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